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mabinogi diary
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住めば誰もが作家になれるという伝説のような“逸話”のあるアパートがあるそうです。
なんでも、名立たる小説家、漫画家、童話作家たちが、以前そこに住んだことがあるのだといいます。
そんな噂を耳にした秋里司(あきさとつかさ)は、長い捜索の末ついにそのアパートを発見しました。
「ってボロ!」
とまぁ多少ボロくはありましたが、間違いなく目の前に建つそのアパートでした。
さっそく司はそのアパートの大家さんを訪ねます。
なんと言ってもあの伝説のアパートです。さぞかし家賃は高いだろうと思いましたが、特にそんなことはありませんでした。むしろボロだということを差し引いてもお釣りがくるほどでした。
司は少し不審に思い、大家さんに聞きました。
なぜ伝説の部屋がそんなに安いのか、と。
すると大家さんは答えました。
「作家を生む伝説の部屋だぁ? そんなこと聞いたこともねぇなー。出るって噂はよく聞くけどねぇ」
司は首を傾げます。
「え? 何が出るって? そりゃーあれだよ。幽霊だよ」
大家さんは両手をダラリと下げるジェスチャー付きで教えてくれました。
司には何が何だか分かりません。
ここは幾人もの作家を輩出させたという伝説のアパートのハズです。
長い時間をかけて調べ上げた情報なので、間違いはない……ハズなのです。
司は少しだけ迷いましたが、大家さんの話は何かの間違いだろうと、結局入居することを決めました。
 
そして翌日、無事入居を完了した司は、その日の夜、彼女と出会ったのです。
自身のことを幽霊だと名乗る小さな少女に。
 
その子は唐突に現れました。
一日中、入居したばかりの山の様な荷物を整理していた司は、夕食を近所のコンビニ弁当で済ませると、早々に床につきました。
まだ完全に片付いていない、狭い畳みの上に布団を広げ、紐を引っ張って電気を消します。
夏の真っ只中にクーラーもないボロアパートなので、パンツとシャツ一枚という露な姿で寝転がる司の頭上に、いつの間にかその少女は立っていました。
ニワトリを絞めたような声が夜空に響きました。もちろん声の主は司です。
腰が抜けて立てない司は、後ろ手に後退ります。
だだだだだ、誰だ!
すると少女は事もなげに言いました。
コンバンハ。幽霊です。
と。
 
気がつくと朝でした。
どうやら夢を見ていたようです。
司は安堵のため息を吐き、朝食の準備に取り掛かりました。
朝食を食べ終えた司は、早速このアパートに来た目的を実行します。
専用の用紙を何枚か取り出し、前から考えていたお話をサラサラと描いてゆきます。
そう。秋里司は絵本作家を目指していました。
しかし彼の作品は中々評価されず、そこへ小耳に挟んだのが、このアパートの噂だったのです。
幾人もの有名作家を生んだと言うそのアパートで絵本を書けば、きっと成功すると、そう思ったのです。
サラサラサラと、ペンの走る音が静かな部屋に囁くように響きます。
そこへ、にゅっと少女が顔を覗かせました。
「なにしてるの?」
司は飛び上がって驚きました。
それは夢に出てきた少女だったのですから当然です。
司は大きく開けた口が塞がらず、その場で硬直します。
しかし少女はそんな司を気にもとめず、彼の手元を覗き込むように見つめます。
「絵本を描いてるの?」
司はやっと正気を取り戻し、ぎこちないながらも小さく首を縦に振りました。
「へぇぇえ」
少女は興味津々です。
司はそんな少女の姿に、怯えながらも少し得意になって、その完成した絵本を見せてあげました。
幽霊だろうがなんだろうが、自分の絵本の面白さは通用するハズだと、そう思ったからです。
少女は、まだバラバラの用紙に一枚一枚丁寧に目を通してゆきました。
そして、
「どうだ? 面白いだろ?」
と司が聞きます。
「微妙」
司はその場で灰になって散りました。
少女は言いました。
「あたしもお話作るの好きなんだー」
と。
そして放心する司をよそに、話し始めました。
それは司が聞いたこともない物語で、知らぬ間に少女の話に聞き入っていました。
やがて少女の語るお話が終わると、司は感動して思わず拍手をしていました。
「すごい」
それが正直な感想でした。
少女は照れたように笑います。
それから司は、他にも何かお話はないのかと少女にねだりました。
少女はあるよと答えて、いくつも司にお話を聞かせてあげました。
少女のお話は尽きることなく、夜までいくつもいくつも沢山のお話を話しました。
そのどれもがすばらしいお話で、司は感動しっぱなしでした。
 
窓の外が暗くなると、少女は幽霊だというにも関わらず、寝ると言い出しました。
司は半ば呆気にとられながらも、そうかと頷きました。
その夜、司は眠りませんでした。
眠らずに、あるお話を絵本にして描いていました。
それは少女が聞かせてくれたお話の一つでした。
あまりに面白かったので、絵本に描いてみようと思ったのです。
 
それから三週間。司と少女の不思議な生活は続いていました。
少女は他の人には見えないらしく、彼女はよく司にくっついて行動していました。
二人で買い物に行ったり、散歩に行ったり、遊びに出かけたり。
そんなある日。
司の元に一本の電話がかかってきました。
それは是非ウチで絵本を描いて欲しいという、出版社からの電話でした。
司は信じられない気分で、それでも徐々に状況を理解してくると、大喜びで飛び回りました。
少女の手を取ってぶんぶんと振り回す司を、彼女は同じように喜んで笑っていました。
しかしその夜、少年は眠れませんでした。
それは嬉しいからではなく、少女に申し訳なかったからです。
そう。出版社に出したあのお話は、少女が司にしてくれたお話でした。
あの夜、眠らずに書いた絵本だったのです。
司は何度もそのことを少女に話そうとしましたが、結局言い出すことができませんでした。
それからも、司は申し訳ないと思いながらも少女のしてくれるお話をメモに取り、それを絵本にしてゆきました。
司の描く絵本はとても有名になり、近所の小さな書店でもよく見かけるようになりました。
たまに自分で考えたお話も描きましたが、それはあまり人気がありませんでした。
 
そんなある日。
少女が一つお願いがあると司に言いました。
それはまだ少女が生きていた頃の自分の夢で、それが叶えば自分は幸せになって成仏できるのだと言いました。
その少女の夢とは、少女自身のことを本にしてもらいたいということでした。
自分のことをお話にして、たくさんの人に読んでもらいたい。そう少女は願ったのです。
司は、それなら自分でお話を作ればいいのでは? と言いましたが、少女はそれではダメなのだと言いました。
誰か別の人に自分のことを見てもらって、知ってもらって、それで本にして欲しいのだと言うのです。
司は悩みました。
もちろん少女の願いは叶えてあげたいのですが、もし少女の夢が叶ってしまったら、彼女は成仏してしまいます。
自分は彼女がいなくなっても、絵本作家としてやっていけるのでしょうか。そう考えてしまったからです。
司はとてもとても迷いました。
迷っている間も、少女はいくつもお話を聞かせてくれて、司はそれをメモに書き留めていきました。
ある日。
悩みつかれた司は、気分転換に少女の聞かせてくれたお話のメモを手に取って、読み始めました。
そうしてゆっくりとお話を読むのは、とても久しぶりのような気がしました。
最近はメモを取るばかりで、少女のお話をちっともまともに聞いていなかったのです。
そのお話はとても面白いお話でした。
いつも自分のことしか考えていない少年が、とある少女と出会うことで、初めて他人のため、少女のために一生懸命になるお話でした。
司はそのお話を読んで、ついに決意しました。
少女の夢を叶えてあげようと。
それから司は三日三晩、眠ることなくお話を描き続けました。
自分が本当に納得のいくまで、描いては破り捨て、描いては破り捨てを繰り返しました。
そうしてやっとの思いでその物語は完成しました。
絵本作家の主人公が、幽霊の少女といつまでも楽しく暮らすお話です。
そのお話は出版社に渡り、一冊の本になりました。
アパートに届けられたその絵本を見た少女は、大喜びしました。
ありがとう、ありがとうと、何回も司にお礼を言いました。
そして、嬉し涙を浮かべながら、その絵本と一緒に消えてゆきました。
 
数日後。
絵本は各書店にも並べられるようになり、秋里司の絵本の中でも一番人気の作品となりました。
赤茶色の表紙に金色の文字がトレードマークです。
「絵本の幽霊」
みなさんももし書店で見かけたら、是非手にとってみてくださいね。
 
 
―おしまい―

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